なぜ山梨・甲府は“宝石の街”と呼ばれるのか?〜水晶の歴史から現代のジュエリー産業まで〜

山梨県甲府市は「宝石の街」と呼ばれています。でも、なぜ山梨?なぜ甲府?と疑問に思ったことはありませんか?
実は甲府の宝飾文化には、縄文時代の水晶の発掘から、京都の職人による研磨技術の伝来、そして明治・昭和にかけての輸出産業の隆盛まで、何百年もの歴史とドラマが詰まっています。
本記事では、
- なぜ甲府が「宝石の街」と呼ばれるのか?
- どのようにジュエリー産業が発展してきたのか?
- 今もなお受け継がれている文化とは?
といった疑問にお答えしながら、甲府と宝石の深い関係を分かりやすくご紹介します。
記事の最後では、そんな甲府の「宝石文化」を体感できる、当店オリジナルの“宝石石鹸作り体験”もご案内しています。読み終わる頃には、あなたもきっと、甲府の宝飾文化に少し詳しく、そしてちょっぴり体験したくなっているはずです。
宝石の街「甲府」のはじまりは、水晶から

縄文時代から人々を魅了した“山の宝”

山梨県甲府市の宝飾産業のルーツは、奥秩父山塊の「金峰山(きんぷさん)」にあります。この一帯は古くから良質な天然水晶が産出される地として知られており、遺跡からは縄文時代のものとされる水晶製の矢じりや刃物が発見されています。
当時、矢じりといえば黒曜石が主流でしたが、この地域では水晶が日常的に使えるほど豊富に採れたことがわかっています。つまり、甲府の人々は数千年前から「水晶=暮らしに身近な宝物」として扱っていたのです。
かつて水晶は「加工できない宝物」だった

現在のように水晶がジュエリーやアクセサリーに使われるようになったのは、ずっと後のことです。かつては水晶を自由に採掘・加工することは禁じられており、雨などの自然現象で地表に露出したものを拾って使う程度でした。
また、研磨やカットといった技術もなかったため、水晶はそのままの形で床の間の置物や神聖な飾りとして珍重されていました。「見るだけの宝石」だった水晶が、後に「使える宝石」へと進化していくのです。
金桜神社と京都の職人が育てた“研磨文化”
江戸後期、京都からやってきた玉つくり職人

江戸時代の後期、京都で「玉つくり(珠磨き)」の技術を持つ職人が、甲府の金峰山に水晶を求めて訪れました。当時、水晶の採取は依然として制限されていたため、彼らは水晶を御神体として祀っていた**「金桜神社(かなざくらじんじゃ)」**を訪れ、神職たちと交流を持ちます。
この職人が、神社の神官たちに水晶を磨く技術を伝授したことが、甲府における本格的な水晶加工のはじまりです。
彼らが作ったと言われる「水の玉」と「火の玉」という2つの神宝は、現在も金桜神社に大切に保管されています。この歴史的な出会いが、甲府における宝石研磨文化の原点となりました。
明治〜昭和にかけて発展した“ジュエリーの街”

廃刀令が生んだ職人文化との融合
明治時代に入ると、「廃刀令」により日本中の刀鍛冶たちが職を失いました。その多くが、新たな活路を求めて甲府に移住し、金属を扱う技術を活かして貴金属工芸の職人へと転身していきました。
こうして、水晶の研磨と金属の加工技術が結びつき、「甲州水晶貴石細工」という新しい工芸文化が誕生しますこの融合が、単なる水晶の加工から本格的なジュエリー産業へと進化する大きな転機となりました。
輸出拠点としての発展
明治後期から大正時代にかけて、甲府の水晶研磨技術は機械化により飛躍的に効率化されます。これにより、大量生産が可能となり、アメリカ・中国を中心とした海外市場へ輸出が広がっていきます。
やがて甲府は、採掘・研磨・加工・企画・販売までがすべて地元で完結する日本唯一のジュエリー集積地となり、世界的にも注目される「宝石の街」としての地位を確立しました。
現代に受け継がれる「宝石文化と教育」
日本唯一のジュエリー専門学校がある街
昭和56年、甲府市には全国で唯一のジュエリー専門学校「山梨県立宝石美術専門学校」が開校されました。この学校では、宝石研磨、デザイン、加工などを専門的に学ぶことができ、多くの卒業生が山梨県内外のジュエリー産業で活躍しています。
産業としてだけでなく、「文化として宝飾を未来に残していく」ための土台が、今も甲府にはしっかりと築かれています。
甲府で“ジュエリー企画から販売まで”が完結

現在も甲府には、ジュエリーに関わる数百社の企業や工房が集まり、デザイナー・職人・流通業者が密接に連携しています。一つの街で宝石のすべての工程が完結するというのは、国内外でも非常に珍しいケースです。
このような背景から、甲府は今でも「ジュエリーのまち」として観光客や業界人から注目され続けています。
まとめ:宝石と生きるまち、甲府。

甲府の宝飾産業は、自然の恵みである水晶、神社や職人たちの文化、そして近代の技術革新が絶妙に交差することで築かれたものです。「宝石の街」という呼称は、単なるブランドではなく、数千年にわたる人と石の歴史の結晶なのです。
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